Interview
ヴィンさんと音楽の出会い
ヴィンさんは民族音楽をなさるご両親のもとに生まれたとうかがっていますが、幼いころ、音楽についてどのような経験をされていたのでしょうか。
私にとって民族音楽とクラシック音楽のあいだに違いはなく、すべてが音楽でした。実は父はチェロ奏者でしたが、ダンチャイン(ベトナムの琴)奏者である母を愛したために民族音楽についての造詣を深め、母のために竹の楽器をつくるようになったんです。音楽院で学んだ西洋クラシック音楽の知見を民族楽器の製作や演奏にも活かし、民族音楽の作曲や公演もしていました。
私は幼いころから両親やその仲間たちの練習風景を見て、民族音楽にもクラシック音楽にも同じように接していました。交響曲、ピアノ、民族音楽、ロックからジャズ、ポップまで何でも聴き、よくそれにあわせて踊ったり歌ったりしていました。ベートーヴェンだってドイツやオーストリアの民謡をたくさん使ってます。ストラヴィンスキーもドヴォルザークも、あるいは武満徹や久石譲など、たくさんの作曲家が自民族の民謡の要素をふんだんに用い、開拓しました。それはすばらしい結合であり、私の家族にもまた、この結合があるんです。私は、このような特別な家庭に生まれたことを幸せに思っています。
指揮:ドン・クアン・ヴィン
ベトナムの音楽教育や音楽鑑賞の環境は変化していますか。
良い方向に変化していると思います。たとえば多くの若者たちが音楽を聴きに来るようになりました。多くの人が私にコンサート情報を尋ねてきます。会社や学校はイベントに私を招いてくれます。ベトナムの大手企業サングループが設立したサン・シンフォニー・オーケストラ、あるいはベトナム航空のように、音楽に投資する企業も増えています。経済発展にともなう当然の展開でしょう。お金があれば娯楽に関心が向きますが、お金がなければ稼ぐことを第一に考えなければなりませんから。
アメリカの事例は、ベネズエラで発祥したエル・システマを想起させますね。
ベトナムにはそのような取り組みはあるのでしょうか。
ベトナムにはまだありません。ベトナムでは音楽は娯楽の一部としてしか見なされておらず、音楽にまだあまり関心が向けられていません。それでも私はいつも、たとえば孤児院や刑務所の訪問など、今後何かしていきたいと考えています。彼らに音楽を届け、まずは聴いてもらい、それから習えるようにするんです。
ほかにも、ベトナムの子どもたちはよくiPadや携帯電話で遊んでいます。だから私は自分の子どもたちに音楽を教えています。私たちが演奏するときは彼らも一緒に演奏しますし、またよく練習を見に来ています。すると彼らはいたずらっこではなくなり、新しい友達も増えていくんです。子どもたちは私の楽団に入ると他の人と交流し、より心を開くのです。音楽を奏でるときには互いにじっと耳を澄ませます。音楽の演奏にとどまらない集団行動全般におけるチームワーク力も向上します。また、家ではなんでも親にしてもらっていた子が、たとえば誰かが重いものを運ぶのを見てそれを自ら手伝うようになるなど、他の人の世話をするようになるんです。このように集団での音楽活動はとてもたくさんのポジティヴなことにつながり、社会に素晴らしい影響をもたらすと思うのです。
ベトナム社会における音楽の普及
ヴィンさんは指揮や作曲、演奏まで幅広く活動なさっています。では、現在のベトナム社会において民族音楽やクラシック音楽はどれほど浸透しているのでしょうか。
ベトナムではどちらも普及していません。聴く人も習う人も少なく、楽団も少ないのが現状です。私の考えでは、まずクラシック音楽を発展させて科学的な基礎をもてるようにすべきです。クラシック音楽には数百年の歴史をもつ科学的な理論体系があります。日本でも中国でもクラシック音楽の知識を導入し、民族音楽の普及にも使われています。私はこれに賛成です。となるとベトナムではまずクラシック音楽を普及し、それと並行して民族音楽作品を演奏して若い人たちに知ってもらうのがよいかもしれません。言ってみれば、ご飯を食べながら水を飲むように、これらの2つのプロセスは同時に進行しなければなりません。
クラシック音楽については、まずはモーツァルトやベートーヴェンの聴きやすい小品から始め、もし条件が整えば、ジョン・ウィリアムズの映画音楽なども紹介したいです。それらを演奏するのは決して易しくありませんが、聴衆にとって親しみやすい作品です。あるいは久石譲や坂本龍一の作品もよいでしょう。
民族音楽については、たとえばチン・コン・ソンの歌曲などベトナムで人気のある作品、あるいはベトナムや外国の映画音楽をベトナムの民族楽器のために編曲しています。日本の三味線や尺八も世界の作品を多く演奏しているでしょう。ベトナムも同じように、ベトナムの楽器を使ってまずは聴衆になじみのあるものからはじめるのです。それが第一段階です。
第二段階は、普通教育に民族音楽を取り入れることです。牛乳で有名なベトナムの企業であるTHグループが設立したTH学校で、私たちは民族音楽を教えています。クラブではなく、試験もある必修科目になっていて、幼稚園から高校まですべてが対象です。子どもたちは、はじめに行うワークショップで「ベトナムのトルン(竹琴)はモーツァルトのトルコ行進曲を弾けるんだ!」「ベトナムの竹笛はとなりのトトロを吹けるのか!」とわかると、楽しくなって自主的に練習します。授業が始まってからは、学校や保護者の会社での発表、さらには演奏ツアーやテレビ放映の機会もつくっています。そうするとやる気がでるんです。最初はとなりのトトロから、徐々にベートーヴェンやモーツァルトのシンフォニーへというように、少しずつ難しくしていきます。
音楽が社会を変える
ヴィンさんは2018年にアメリカで、米国国務省によるインターナショナル・ビジター・リーダシップ・プログラム(IVLP)に参加し、「芸術を通して社会変革を促進する(Promote social change through the arts)」というテーマの会議で発表されていました。音楽はどのように社会を変えることができるとお考えでしょうか。
私は東南アジアの代表としてIVLPに参加し、アメリカの視察や交流、そして芸術に関する会議に参加しました。会議では絵画や博物館、彫刻など、さまざまなテーマでの発表があり、私はベトナムにおける音楽の普及、世界の音楽の受容などに関する話をしました。
社会変革という観点からは、人と人を結びつける可能性について話しました。あなたもご存知のように、私たちは日々の生活に追われています。もう少しゆったりと生きて生活を享受できたらよいのに、時間がないのです。友人に電話で遊びに行こう、コンサートに行こうと誘われても、忙しければいけません。しかし友人とコンサートを聴きに行くだけで、すがすがしい気分になれます。私は人びとがますます一緒に活動するようになることを願っています。私たちは音楽を使って人びとを結びつけるのです。よい音楽を聴いてもらうことが、彼らがより愛しあうようになることにつながります。それが社会変革です。
私たちがアメリカで視察に訪れた刑務所には囚人の合唱団がありました。その合唱団は各地で公演し、チャリティとしてチケット収入を得ています。それによりまず、囚人たちは自分たちに価値を認め、そしてよりよく更生します。また、聴衆が寄付をすることで社会をよりよくしていくんです。私はとてもよいことだと思いました。他にもたとえば、アメリカの貧しい子どもたちの保護施設では、家のない子どもたちに対して音楽プロデュースの仕方、ビートのつくり方などを教え、グループでコンテストに参加をするそうです。アメリカでは銃の問題や多くの社会問題がありますが、彼らが音楽を奏でることで、何より誰かと一緒に音楽を奏でることで、盗みや物乞いについて考えなくなるのです。